vol.05
本当の自立支援を目指して

埼玉県伊奈町の介護老人保健施設「一心館」。リハビリに力を入れているこの施設では、常に30%以上の在宅復帰率をキープしているそうだ。どうやらここに、高齢者の自立支援に情熱を燃やすプロフェッショナルがいるらしい。普段当たり前のように使っている「自立支援」という言葉。みんな本当の意味で理解しているかな? よーし、基本に戻って考えてみよう!

自立支援に情熱を注いでいる松澤さんにとって、高齢者の自立支援とは?
- 自立支援って本当に奥が深いのですが、私は「“生きてて良かった”と思える生活づくりのお手伝い」と考えています。だから、日々利用者様と向き合って、どんな生き方を望んでいるのか、何をしていると幸せを感じるのか、よ~く観察しています。
- 本人の望みを把握することがすごく大切だよね。
- はい。でも、知らない相手には本音を伝えられないので、まずは1人の人間として向き合って、私を知ってもらうことから始めています。その作業は、仕事でも介護でもなく、ごく普通の人と人とのふれあいですね。
- まずは人と人とのふれあいでわかり合うんだね。
- そうです。私は、介護施設の中であっても、人と人との関係を、地域社会とできるだけ同じようにすることが大切だと思っています。だから、一人の人間として社会で暮らしていくために必要な能力を育みたいんです。この仕事をしていると、職員がつい手を貸し過ぎて、自立の芽を摘みとってしまっているように思えることがあるんですよね。
- 例えばどんなことだろう?
- 例えば、利用者同士のコミュニケーションでトラブルが起きても、私はすぐに出て行かないで、見守るようにしています。
- だって普通の社会では、気の合う人・合わない人がいるのは当然でしょう?だからここでも、他者との話し合いで解決する能力を育んで欲しいんです。
- 「人ってこんなに変われるんだ」という感動に出会えるところですね。人って、役割を与えてモチベーションを刺激すると、みるみる変わっていくんです。そのプロセスに関わるのが、本当に楽しいなって思います。
- こちらの働きかけ次第で、いくらでも変わっていくよね。
- 入所時は多くの方が、身体能力の低下や社会的役割を失った自分に自信を失っています。心と身体は繋がっているから、そういう時って、起き上がろうとか、立ち上がろうとか、どんどんできなくなっていくんです。
- 自信を取り戻してもらうには、何が必要かな?
- 生きる喜びや達成感を積み重ねて、自分の価値を見直す機会を作っていくことだと思います。身体介助をしていると、日に日にこちらに寄りかかる重さが軽くなるので、変化を肌で感じますよ。
- 心の状態が身体を変えていくんだよね!
- 人間には、もともと素晴らしい能力が備わっているんだと思います。それは、人を育てる時にも感じていて、上に立つ人間次第で、新人の成長は全然変わってしまいますよ。
利用者様の自立支援には、一緒に働く仲間の協力も必要だよね?
- ええ、周りのスタッフの協力がなければ達成することはできません。私は主任という立場なので、仲間のやる気を引き出すことも大切な仕事。周りをどんどん巻き込んで、チームで自立支援に取り組んでいます。
- メンバーのやる気を引き出すって、難しくないかい?
- そうですね。だから私の場合、まず自分が率先して動くようにしたんです。利用者様のためにやって欲しいことを、言葉ではなく行動で伝えるようにしました。あと、良い仕事をしたらすぐに褒めること。勤務中でも、「今の関わりすごく良いよ」と、その場で伝えています。
- 他にも、主任として心がけていることはある?
- メンバー全員が、「利用者様の在宅復帰」という同じ目標に向かって、一体になれる雰囲気づくりを心がけています。
- 具体的に、どんなことをしているの?
- スタッフステーションに人が集まると、「今日の●●さんはこんなことができたよ」「▲▲さん、手すりがあれば一人でトイレに行けるようになったよ」という経過報告会を自然に始めて、「あとちょっとだね。頑張ろう!」と励まし合っています。
そんな情熱的な松澤さんでも、一度くらい仕事を辞めたくなったことがあるだろう?
- それがないんですよ~(笑)。でも一度だけ、仕事も子育ても忙しかった頃、冗談半分で子どもに「お母さん、仕事辞めちゃおうかな」って言ったことがあります。
- その時、お子さんに何て言われた?
- 「仕事に行く時のお母さんは、いつも笑ってるから辞めない方がいいよ」って言われました。私、ずっと仕事を優先してきて、子どもには寂しい思いをさせてきたから、すごく意外だったんです。下の子なんて、私があまりにも楽しく働いているから、「将来は介護福祉士になりたい」とまで言ってくれています。
- それはすごく嬉しいね!
- 先日、副主任からも「上司の松澤さんが楽しそうに働いているから、楽しい仕事のやり方がわかる」って、嬉しい言葉をいただきました。上に立つ人間が楽しく働くって、すごく大切なことだと思います。
- そうだね。介護職のイメージを作っていくのは、今携わっている人たちだよね。
- 介護の仕事は、確かに大変です。でも、その大変な仕事をいかに楽しむかがポイントで、仕事を楽しむことができる人の輪の中にいると、自然とそうなっちゃうもんですよ。
取材協力:一心館